東京高等裁判所 平成3年(ネ)621号 判決 1992年2月26日
控訴人
逗子市長
富野暉一郎
右訴訟代理人弁護士
中平健吉
同
花田政道
同
中川明
同
秋山幹男
同
中平望
被控訴人
国
右代表者法務大臣
田原隆
右指定代理人
笠原嘉人
外九名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。本件を横浜地方裁判所に差し戻す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり従前の主張を補充し、また、新たな本案前の主張を付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
一 本件訴えが法律上の争訟であることについての主張の補充、反論
(控訴代理人の陳述)
1 河川管理事務
準用河川の管理は、地方自治法二条によりその管理が形式上も実質上も市町村の事務とされている普通河川と同様、実質的には市町村の事務である。
河川法は水系一貫管理の考え方をとっているが、これは、河川管理について河川管理者の調整が必要な場合には、河川管理者の協議により河川の総合的な管理を確保しようとするもので、右考え方は、河川管理を本来的に国の事務とするものではない。むしろ、河川法は、水系一貫管理を達成するために、河川管理者の協議によって河川の総合的な管理を行うことを予定しているのであって、河川管理を本来的に国の事務としているのではない。
2 控訴人の法律上の地位の独自性
準用河川の管理者である控訴人は、憲法の地方自治の本旨に基づき、地方公共団体の公選の長としての性格を保持しつつ国の指導監督を受けるものであって、国の指導監督には、地方自治の本旨を尊重し、それとの調整を図る見地から一定の制約がある。したがって、準用河川の管理が国の機関委任事務であるとしても、控訴人は、国から相対的に独立した地位ないし利益を有している。
そもそも、ある事務が国の機関委任事務として設定されるのは、当該事務の全国的な画一的処理を避け、地方の実情に即応した処理と民主的な意思の反映を確保するためである。したがって、右事務を処理する地方公共団体の長は、地域社会の特性や住民の意向に配慮しつつ、各自治体の総合的な政策の中にこれを有機的に位置づけ、自主的に執行すべき立場にある。
地方自治法は、機関委任事務を行う地方公共団体の長に対する指揮監督について、基本的には国の指導性を前提とした両者の機能分担関係としてとらえ、機関委任事務に係わる市町村長のした処分についての都道府県知事の取消権、停止権の行使(同法一五一条)や、職務執行命令(同法一四六条)等、地方公共団体の長の独自性を考慮した定めをしているのであり、機関委任事務を執行するについて、地方公共団体の長は、「自らの判断と責任において、誠実に管理し執行する義務を負う」(同法一三八条の二)としているのも、このゆえである。
3 行政権限行使の主体としての国の機関と事業主体としての国ないしはその機関との紛争の争訟性
行政監督・規制権限行使の主体と事業主体間の右権限行使の適法性をめぐる紛争は、行政内部の紛争として行政内部の調整に委ねるべき性質のものとはいえず、裁判所において法律の規定にしたがって客観的に解決されなければならない。
河川法は、事業主体が国の場合には、河川工事を行うにつき、河川管理者の「承認」(同法二〇条)に代えて「協議の成立」(同法九五条)をその要件としているが、これは、河川管理者の権限行使に当たり事業主体である国の立場からの意見を聴取しようとするものにすぎず、右権限行使に当たっての判断それ自体を事業者と共同で行うことを定めたものではない。したがって、事業主体が国であるからといって、河川工事を認めるか否かの最終判断権が河川管理者にあることに何ら変わりはなく、本件河川工事に関する紛争は、固有の利益をもって対立する当事者間の法律上の争訟に当たるということができる。
法治主義は、国も誤りを冒すことがありうるという考え方を前提として成り立ち、その誤りが違法性、合法性の面に及ぶときは、司法がこれを正すことができるのでなければならない。本件紛争につき、行政内部における調整が図られるべきであるといっても、実際上そのような内部調整はなされていないのであって、河川管理者である市長と事業主体である国の機関との調整は、最終的には訴訟によってなされるべきものである。
(被控訴代理人の陳述)
1 国の機関委任事務に関しては、受任者である機関は、委任者である国の公行政一般の利益と異なるそれ自身の利益を有さず、実質的にみても、国から委任された権限を根拠に国に対し出訴することを許容する理由は考えられないのであって、かかる訴訟は自己訴訟として許容されないものであり、また、法定されていないことからしても、不適法というべきである。
2 国の機関委任事務について、その執行機関である地方公共団体の長の判断あるいは権限行使が、事業主体としての国の機関に当然に優越するものではなく、このような場合にこそ両機関における調整が必要とされ、それが困難な場合には、結局内閣の責任と権限により解決が図られるべきものである。
二 新たな本案前の主張
(被控訴代理人の陳述)
本件訴えは、行政庁である市長が民事訴訟として提起したものである。しかし、行政庁は民事訴訟の当事者能力を欠き、本件訴えは、この点においても不適法である。
(控訴代理人の陳述)
被控訴人の主張は争う。本件は、民事訴訟の手続により、行政処分に基づく行政上の義務の履行を求めるものであるが、このような訴訟は抗告訴訟と表裏の関係に立つものであり、紛争の内容も実質的当事者も同一である。そして、行政処分に基づく義務の実現については、行政庁が法的権限と責任を有しているのであるから、そのような訴訟の当事者は行政庁とするのが適切であり、そうすべきものである。民事訴訟法が権利能力者に当事者能力を認めている理由は、民事訴訟が私法上の権利義務をめぐる争いである以上、私法上の権利義務の主体が訴訟の主体となるのが常態だからというにすぎないのであって、行政上の義務が訴訟物となっている場合には、行政庁に当事者能力が認められるべきである。
(証拠関係)<省略>
理由
一当裁判所も、控訴人の本訴請求は不適法であると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 原判決一一枚目表八行目の「必要であり」から同九行目末尾までを「必要である。」に改める。
2 同一一枚目表一〇行目の「そこで」から同裏三行目末尾までを「そこで、河川法は、河川管理を国の事務としている。すなわち、河川法四条一項に規定する一級河川は建設大臣が管理するものとし(同法九条一項)、同法五条一項に規定する二級河川、同法一〇〇条一項に基づき市町村長により指定されたいわゆる準用河川についても、当該河川のある地方公共団体ではなく、二級河川についてはその存在する都道府県を統轄する知事が、いわゆる準用河川については市町村長がそれぞれ管理するものとし(同法一〇条、一〇〇条一項)、それらの管理は、いずれも国からの機関委任事務であるとされているのである(地方自治法一四八条二、三項、別表第三の一の一一一、第四の二の四五)。
なお、控訴人は、水系一貫管理の理念は河川管理を本来的に国の事務とするものではないと主張するが、右理念から当然に河川管理事務の帰属が決定されるものではないとしても、河川管理の体制等に関する定めに照らせば、河川法が、右理念実現のため、河川管理を国の事務としているものと認めることができる。」に改める。
3 同一一枚目裏九行目末尾の次に行を改めて、
「 そこで検討するに、河川法の対象となる河川は、一級河川及び二級河川とされているが(同法三条一項)、それ以外の河川であっても、その態様、程度はともかく、同法に基づく公共用物としての管理を行う必要のある河川については、市町村長が同法一〇〇条一項に基づき指定することにより、同法の二級河川に関する規定が準用されることになる(いわゆる準用河川)。それ以外の河川がいわゆる普通河川であり、これについては河川法による管理が行われず、地方自治法の規定により、国の事務に属しない事務として地方公共団体がその管理を行うものとされ(同法二条二項、三項二号)、同条四項、六項の規定によれば、地方公共団体のうちでも原則として市町村が、これを行うことになると考えられる。
以上のとおり、いわゆる準用河川は、その重要度において一級河川、二級河川とは区分されるものの、条例に基づく市町村の管理ではなく、河川法による適正な管理が必要なものとして、市町村長が国の事務としての管理を行うものであって、いわゆる普通河川の管理とは区別されるべきものである。」を加え、同一〇行目の「しかし」を「そして」に改める。
4 同一三枚目表一行目末尾の次に「また、地方公共団体の長が国の機関として行う事務については、当該地方公共団体の議会の議決権限が及ばず、通常の一般的統制も排除されている(同法九八条、一〇〇条)。」を加える。
5 同一三枚目表末行から同裏一行目の「自主独立性と国の指揮監督権」を「自主独立性の尊重と国の指揮監督権の実効性の確保」に、同二行目の「行使の場合のみ、その行使方法に一定の制約を課したにすぎず」を「行使が、地方公共団体の公選の長という本来の地位に多大な影響を与えることになることから、その行使方法に一定の制約を課したにすぎず、このように国の本来の行政機構内部における指揮監督の方法と異なる点があり、その結果、右の場合に比し、監督を十分に行いえないことがあるとしても、そうであるからといって」にそれぞれ改め、同五行目末尾の次に「地方自治法が、地方公共団体の長は、機関委任事務についても、自らの判断と責任において、誠実に管理し執行する義務を負う旨定めている(同法一三八条の二)ことは、控訴人主張のとおりであるが、そのことから、地方公共団体の長が、機関委任事務につき、職務執行命令訴訟のように特に法定された機関訴訟においては格別、本件のような民事訴訟における対立当事者となるうべき、国から独立した地位ないし利益を有するものと認めることはできない。」を加える。
6 同一五枚目表一行目の「淵源とするものであり、」の次に「本件工事が同法二〇条所定の河川工事に当たるか否かについて争いがある場合は、国の機関同士の紛争であり、右工事が右承認に代わる協議の成立を要する工事に当たるとしても、その場合の協議は、河川管理者が優越的な地位に立って単に相手方の意見を聴取するというものではなく、」を加え、同六行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。
「 控訴人は、国の機関相互の紛争についても、規制権限行使の適法性に問題が及ぶときは、最終的には訴訟による解決がなされるべきであると主張するが、制度論としてはともかく、現行の訴訟制度は、特に出訴を認める法律の規定がない限り、右のような紛争の訴訟における解決を予定するものではないというべきである。」
二以上の次第で、控訴人の本件訴えはその余の点につき判断するまでもなく、不適法であり、これを却下した原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官丹宗朝子 裁判官松津節子 裁判官原敏雄)